前回の記事では、有機農業や減農薬栽培には、環境への配慮や安心感という魅力がある一方で、安定供給や大量生産には難しさもあることを見てきました。では、その難しさは実際の価格にどう表れるのでしょうか。

スーパーで「有機」「特別栽培」「農薬を抑えて栽培」といった表示を見ると、一般的な野菜より高いことがあります。ここで気をつけたいのは、「農薬を減らしたから安全で、その分だけ高い」という単純な話ではないことです。実際には、制度上の安全管理と、生産コストやリスクの増加という二つの話が重なっています。

日本の農産物は、もともと安全管理の仕組みの中で流通している

まず前提として押さえておきたいのは、日本で流通している農産物は、もともと残留農薬の基準に基づいて管理されているということです。

厚生労働省は、食品中に残留する農薬などについて、すべての農薬・飼料添加物・動物用医薬品に残留基準を設定していると説明しています。さらに、基準値を超えて残留する食品の販売や輸入は、食品衛生法により禁止されています。これはいわゆるポジティブリスト制度です。残留基準は、食品安全委員会が「人が摂取しても安全」と評価した範囲で、食品ごとに設定されています。

農林水産省 食品中の残留農薬等

つまり、一般的に売られている野菜も、「農薬が使われているから危険」という前提ではなく、基準の範囲内で管理された食品として流通しています。消費者の感覚としては、「農薬を減らしたものの方が安全そう」と感じることがありますが、制度上はまず通常の農産物にも安全管理の土台があります。そのうえで、農薬削減や有機栽培には、環境負荷を抑えたい、化学合成資材をできるだけ減らしたい、といった価値が上乗せされていると考えるほうが実態に近いでしょう。

農薬を減らすと価格が上がりやすいのは、農薬代以外のコストが増えやすいから

では、なぜ農薬を減らすと価格が上がりやすいのでしょうか。理由はシンプルで、農薬を減らすことで下がるコストより、増える手間やリスクの方が大きくなりやすいからです。

農薬には、病害虫の被害を抑える、雑草を管理する、収量や品質を安定させる、という役割があります。これを減らすと、その分だけ別の方法で補う必要があります。たとえば、草取りの回数を増やす、圃場の見回りを細かくする、病害虫の発生を早めに見つけて手作業で対処する、といった対応です。こうした作業は機械的に一気に代替しにくく、どうしても労働負担が重くなりやすくなります。

農林水産省の「農産物生産費統計」でも、農産物の生産コストは農薬費だけではなく、種苗費、肥料費、農機具費、労働費など複数の費目で構成されていることが示されています。つまり、農薬代が少し減っても、労働費や管理コストがそれ以上に増えれば、全体として価格は上がりやすくなります。

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農産物の生産コスト構成イメージ(農林水産省の統計をもとに作成)

農薬費は全体の一部にとどまり、労働費や機械費の割合が大きいことが分かります。このため、農薬を減らしても、手間の増加によって全体のコストは下がりにくい構造になっています。言い換えると、農薬削減は「コストカット」ではなく、農薬という資材コストを、人手と経営リスクに置き換える側面があるのです。

収量と品質が不安定になることも、価格上昇の理由になる

もう一つ大きいのが、収量と品質の問題です。農薬を減らすと、同じ面積で栽培しても、病害虫や雑草、天候の影響を受けやすくなります。その結果、収穫量が減ったり、見た目がそろわなかったり、傷や病気で出荷できない割合が増えたりすることがあります。これは価格にかなり大きく影響します。
たとえば、同じ10アールで作っても、慣行栽培なら100のうち90を出荷できるのに、農薬を減らしたことで80しか出荷できないとすれば、栽培にかかった手間や土地利用コストを、より少ない販売数量で回収しなければなりません。そうなると、1袋あたりの原価は上がります。

消費者から見ると「少し農薬を減らしただけなのに高い」と見えることがありますが、生産者からすると、価格には売れる量が減るリスクも含めて考えなければなりません。農薬を減らすことは、単に入力資材を減らすことではなく、安定生産の一部を手放すことでもあるのです。

「特別栽培農産物」は、地域の慣行よりかなり抑えた栽培

「減農薬」という言葉は幅広く使われがちですが、公的なガイドラインとしてよく目にするのが「特別栽培農産物」です。

農林水産省の「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」では、特別栽培農産物とは、その地域の慣行レベルに比べて、節減対象農薬の使用回数が50%以下、化学肥料の窒素成分量も50%以下で栽培された農産物とされています。つまり、農薬だけを少し減らしただけではなく、化学肥料も含めてかなり抑えた栽培です。

特別栽培農産物に係る表示ガイドライン

この「50%以下」という基準は、消費者が思っている以上に大きな削減です。
地域の一般的な栽培方法を基準に、その半分以下に抑えるわけですから、管理の難しさが増すのは当然です。価格が高くなりやすいのは、イメージによるプレミアムだけではなく、実際に栽培難度が上がっているからだと考えたほうが自然です。

有機や農薬削減の農産物がまだ少ないことも、価格が下がりにくい理由

価格は生産だけでなく、流通の仕組みにも左右されます。

一般的な野菜は、大量に生産され、大量に集荷・選別・出荷されることで、1袋あたりの物流コストや販売コストを下げやすくなっています。いわゆる「規模の利益」が働きやすい状態です。

一方で、有機や特別栽培の農産物は、まだ市場全体では量が限られています。農林水産省の資料では、日本の有機農業の取組面積は拡大傾向にあり、特に有機JAS面積は10年で約9割拡大したとされています。これは増えていることを示す前向きなデータですが、裏を返せば、まだ「主流」と呼べるほど大きな規模ではないということでもあります。

有機農業の取組面積 日本の状況

また、農林水産省の2025年時点の資料では、水田に占める有機JAS圃場の割合は0.5%未満とされています。普通畑ではもっと高い地域もありますが、全体として見ると、有機栽培はまだ限定的です。数量が少ないと、集荷、選別、販売、在庫管理の効率が上がりにくく、結果として価格も下がりにくくなります。

つまり、有機や減農薬の農産物が高いのは、「高級品だから」だけではなく、まだ大量流通向きの市場規模になっていないという構造的な理由もあるのです。

消費者はどう選べばよいか

日々の買い物では、家計とのバランスも重要です。
すべてを有機や特別栽培にしなければならないわけではありません。一般栽培の野菜を選ぶことも十分合理的ですし、制度上の安全管理がある以上、必要以上に不安になる必要はありません。

そのうえで、無理のない範囲で選ぶなら、たとえば次のような考え方があります。
・よく食べる品目だけ少しこだわる。
・旬の時期で価格が下がったときに選ぶ。
・地元産で流通コストの少ないものを選ぶ。
・有機や特別栽培を「絶対」ではなく「できる範囲」で取り入れる。
こうした選び方なら、安全への関心と家計の現実を両立しやすくなります。

まとめ

農薬を減らすと価格は上がりやすくなります。その理由は、農薬代が減る以上に、手間、収量リスク、流通コストが増えやすいからです。

一方で、日本で流通している一般の農産物も、残留農薬基準に基づくポジティブリスト制度のもとで安全管理されています。基準を超える食品の販売や輸入は禁止されており、通常の農産物がすべて「危ない」というわけではありません。

また、特別栽培農産物は、地域の慣行レベルに比べて、節減対象農薬の使用回数50%以下、化学肥料の窒素成分量50%以下という基準で栽培されたものです。価格差には、こうした栽培上の難しさが反映されています。

安全を重視することも、家計を重視することも、どちらも自然な判断です。大切なのは、「高いから安全」「安いから不安」と単純に考えるのではなく、制度とコスト構造の両方を知ったうえで、自分の暮らしに合う選び方をすることではないでしょうか。

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